遣唐使の中国放浪記

2015年4月より中国に来ている筆者の旅行記

娘の卒園

嫁の転職&弊の引っ越したい欲求により、帰国1年で東京都内への引越となった。弊員、実に人生で10回目の引越である。結構メモリアル感がある。

おかげさまで、娘も一緒に引っ越すことになり、昨夏から通っていた保育園を卒園することになった。元々2歳児クラスまでの小規模な保育園だったので、1年早まっただけのことではあるし、足掛けくらいのつもりで、家の近くの保育園に転園申請とか出していたので、強い思い入れがあったというわけではない。

でも、いざ卒園となると、すごく感傷的になってしまっている。勿論、2歳児の娘ではなく、弊員である。

思えば、雨の日も、寒い日も、雪の日も(※秋から通っていたので、思い出が冬に偏っている)娘を連れて自転車で通ったし(※厳密には冬から車を導入したので自転車は秋だけであるから脚色されている)、朝起きてこない娘を揺さぶって問題を起こしたりとか、娘に泣かれたりとか、本当に色々な思い出がある。後部座席に乗っている娘を見ようとして追突事故を起こしかけたのは本当に秘密。間に合わないと思って前を走る車をパッシングしたり、そのくせ駐車が苦手で時間がかかったり、雪の日に送っていこうと頑張ってこけてスーツに穴が開いたり、一緒に電車で行ったり、雨合羽来ていくことの大変さ、そんな中、後ろにも子供を乗せて頑張っている他のお母さんを見てちょっと勇気づけられたり、歩道の狭さに悩んだり、通学時間の左折右折は小学生の敵なんてことを学んだ、本当に貴重な時間だった。

しんどかったのは本当にしんどかったし、特に車を導入するまでは、冗談ではなく死ぬかと思った、というか、抜けられない暗闇のような感覚でさえあったから、文明の利器ってすごいな、と思った。でも、とはいえ、半年だから、別にそんなに大変ではないし、むしろ、慣れない環境に突然放り込まれた娘の方がもっと大変だったろう。

娘はというと、初めはあまり慣れていなかった。両親ともに人見知り型だし、引っ込み思案っぽいところがあるので、これは予想通りだった。だいぶ経って、保育園の写真とかを見ると、少しは慣れているようだったけど、やっぱり表情が硬くて、家での騒ぎっぷりを見ると、これはもしや保育園では静かにしている反動なのではとか思っていた。まぁこれも大方予想通りではある。半年くらいたって、漸く慣れてきて、先生ともお友達とも顔見知りになってきたころだろう。本人は正直特に何も思わないだろうし、弊だって、2歳くらいに遊んでいた人とか全く忘れているから、人生において然程重大なことではない。どちらかというと、娘を褒めてやりたい。風邪をひいたり、悲しい気持ちになったりしながらよく頑張ったね、偉かったね、と。嗚呼、書いててやっぱりしんみりしてしまった。

弊の考える生き方は動的平衡というか、とにかく動き続けることで安定を保つという考え方なのだけど、このやり方だと生活圏も一か所ではなくなって、結果、家族にも同様の生き方を強いるケースにはなる。こういう生き方はとても刺激的で弊個人としてはとても気に入っているのだけど、娘にはまだ安定とか安心感とかが必要な歳なのかなあ。動的平衡の生き方はピボットを失いがちで、兎に角ベースとなる家族という存在が重要になるのだけれど、そうなると家族の安定性も奪ってしまう様で、本当に、どうしたものかなぁと思ってしまう。そんな卒園間近の夜。

 

キャリアと家庭の両立

世の中ではイクメンだのDINKSだのもてはやされて久しいし、共働きがスタンダードになりつつあるこの頃だが、こんな弊にも悩みがある。

キャリアと家庭の両立である。

弊は共働きで、妻はそこそこのキャリア志向(低位安定型)なので、子育てするとなると二人でやっていかなければいけない。子育て自体はとても楽しいと思う。大変なこともあるし、正直娘を張り倒したくなる時とかあるっちゃあるけど、娘と遊んでるのは、なんか、人間に帰った感じがして、とても楽しい。

だけど、ふと振り返ると20代はもう終わり、いよいよ三十路だし、同級生やら同世代を見ているとやりたいことやって活躍している人もいる。だからなんだ、と言うのもあるけど、弊も、ここまで頑張って来たからには、そして、これからもどうせ頑張っていくなら、もっと本腰入れてしばきあげたいと言うのも本音だ。

弊にとってのキャリアはすなわち海外で活躍することだから、海外に出て、住んで、土地の人も仲良くなったり、チームを組んだして、金を稼いだり、面白いことしたり、共感しあったりする、そんな生き方をしたい。所謂グローバルなキャリアなんだろうと思う。

ここで、コンフリクトが発生する。即ち、家庭との両立だ。

片方があるエリアでキャリアを築いていて、少なくとも離れるタイミングではない場合、夫婦の片方の理由でもう片方を動かすべきではない。互いにキャリアを築いていくとはこういうことだ。だけど、弊としては、家族一緒にいたい、というのが強くある。これは先の中学駐在時に強く感じたことだ。こういうジプシーみたいな根無し草な生活をしていると、余計にまとまり感が大事になるし、その拠り所が家族になるんだと思う。ということで、弊のグローバルキャリアという夢と理想の家族像を突き詰めると、妻のキャリアは成り立たないということになる。

さらには、娘の教育環境も大事だ。色々と体験させてあげたい反面、安定した生活で地に足のついた勉強や生活を送ることも魅力的だし、東京の教育環境はやはり捨てがたい。

こうして書いてみると、要は欲張りで、取捨選択が出来ていない、ということがよくわかる。わかるんだけど、キャリアとプライベートの充実は人生の最大テーマなのでそう簡単には諦めたくないのよね。。。

一方で、専業主婦の嫁をもらい、シングルキャッシュフローで頑張っていく姿があまり想像できないのもある。

 

MBAどうすんだ問題

遣唐使が中国から帰って来て早1年が経つ。このはてなブログも全然書いてなかったから、消そうかとも思ったけど、過去のやつも面白いし、置いておく。そのうち過去のやつも更新したい。

 

さて、題名の通り、MBAに行きたいがどうすんだ、と悩んでいる。発端は遣唐使時代のGENさん。いいおっさんが悩める若者を増やさないでよ。

実際のところかなり興味あるし、結婚してなければ行っていたと思う。なので、結婚アンド子持ちがかなりの心理的物理的ハードルであるのは間違いない。

今の会社に居続けても爆発的なレベルアップは望めないし、せいぜい課長止まりだろう。課長になったって部長からグダグダガミガミ言われてしんどい思いするくらいなら、いっそリスクとってでもジャンプアップの可能性を掴みに行く方がいいのでは、というのが考え。

紙面と時間の関係でそこまで書かないけど、上記考えが浅いことは明白だし、どうしたもんだというのが現状。

・pros

①キャリアの幅が広がる。今は与信管理中心のリスクマネジメント業務だけど、ファイナンス全般や、さらにはマーケティングにも広げることが出来る。

②海外でのネットワークが出来る。将来アジア圏で活躍したいと考えれば、シンガポールや香港、上海となるけど、グローバルトップなこれらのマーケットで活躍するには、それなりのインフラが必要。会社名に頼る頼らないにせよ、人脈はいるでしょう。

・cons

①家族どうするの。嫁のキャリアを中断してまで帯同はしにくいが、かと言って子育てをこれ以上嫁には任せにくい。離れるのが辛いのは勿論。

②金かかるけどどうすんだ。機会損失まで合わせればtotal40百万とかではないか。まぁ2年制のところの話だけど。リターンが果たしてそこまであるのか?

 

とりあえずTOEFLとGMATの高い本は買ったけど、どうしようかしら。。。こうして悩んでる間にもライバルたちは先に進むのよなぁ。

今はしこしこTOEFL対策の英単語やってるけど、本気で目指すならこんなスピードではダメなはず。とりあえずTOEFL申し込もうかな。

チベット周遊記①(西寧)

2年間とだいたい決められている遣唐使派遣期間がそろそろお尻を見せ始めている。さて、2017年春節が最後の大型連休になるということなので、掲題の通り、トータル9日間にわたる大きな旅行に行ってきた。

結論から先に言うと、俺史上最高の旅になった(2月3日現在)わけである。

実は、チベット旅行、この数ヶ月で思いついたというものではなく、足掛け6年になる壮大な計画なのである。商社という訳の分からない会社に入り、商社と言えばやっぱり秘境だろう、と夏休みの計画を立てていた新入社員のあの頃、いやはや、若かった。結局彼女(現嫁)と沖縄とか行ったんだっけ。その時買った地球の歩き方チベット版を本棚から探し出し、しっかりと持ってきていたわけである。

1月28日(土)西寧到着
興奮して寝られないとか、最近寝れないのは仕事のストレスだけだったから、こういう感覚はほんと久しぶりで、ちょっと嬉しい。地下鉄で広州白雲空港へ。春運を見越して早めに来たんですが、乗り継ぎ地点の長沙が天候不良で死んでいるだと・・・?朝イチの飛行機で遅れるってどういうことだってばよ。無事4時間遅れで、西寧曹家宝空港に到着。うーん、寒い。広州20℃→西寧10℃は流石に答えますわ。市内に移動し、同行者となる同僚と合流。
晩御飯は同僚はリサーチしていた炕鍋店へ。羊肉串串を頼みつつ、メインの石焼き鍋へ。今回の旅行は食への期待が異常に低いのもあったが、それ以上にうまい。飯のあとは街を散策。寒い。北方の気候を舐めててジーパンとかで来てしまったから、通気性が抜群である。同僚らも相当堪えた模様で、早々にホテル(新華聯国際公寓中心)に戻り、晩酌。以降の旅程を考えて酒量を減らしていくわけだが、結局皆高山病でほとんど飲めない旅になってしまった

(②へ続く)

2016年8月 内蒙古旅行記(フフホト~オルドス~パオトウ)

2016年8月初頭に遣唐使という卑しい身分ながら務め申し上げる会社から夏休みを頂いたので、掲題の通り内蒙古(内モンゴル)を旅して参りました。

内モンゴル遣唐使として派遣される前から行ってみたかった場所の一つ。大草原。青い空。地平線。駆ける馬。馬頭琴。まぁ大体「スーホの白い馬」とかのイメージが入っていますが、外モンゴル内モンゴルでそんなに違わないだろうと。地球の歩き方で色々拝見したところ、夏場がベストシーズンということでしたが、9月中秋節でぎりぎりいけるかと考えていたところ、某糞上司がかなりウエメセで「一人旅するなら休みとっていいぞ」とかのたまわれたから、そのまま階段から突き落とそうかという衝動をこらえ、夏休みをとったというものです。今思い返してもホント腹が立つので早く本題に入る。

 

1日目 フフホト到着

弊の住む上海より飛行機で3時間少々、フフホト市の白塔国際空港に到着。飛行機が市街地のかなり低いところを飛ぶのが印象的でした。いろんなところで読んだり聞いたりしていたけど、フフホト市はかなりでかい街である。内モンゴルの壮大な雰囲気とか正直みじんも感じません。ただ、至る所にモンゴル文字がある。ケンタにもある。マクドにもある。スタバにだってある。ユニクロアディダスにはなかった。いずれにしろ、辺境に来たな、という雰囲気は感じられます。

一人旅ということで空港からはエアポートバス。まぁこれが市内に行きそうだということをなんとなく確認し、乗る。斜め後ろくらいにめちゃかわいい子が座ってる気がしてうずうずしながら市内に向かう。市内は昭君大酒店の近くで下車し、とりあえず町ブラしようと散策開始。金剛座舎利宝塔へ向かう。とにかく歩く。かれこれ30分くらい歩いただろう。ほぼ当てなく歩いてるから昔の一人旅だったらこういう時に道を聞いたりして色々難問解決していくんだろうけど、正直今のご時世Baidu Mapがあるから、道を聞いたりしなくても死にはしない。一人旅のなんたるかを噛みしめ、そして踏みにじりながら到着。入場料65元って高くないですか。中はチベット仏教寺院で、雰囲気は確かにある。ただ、こういう建物は以前いったシャングリラでも見たし、まぁ、地球の歩き方★2つはこんなもんやなと考えつつ回る。別名五塔寺といわれ、一番奥に特徴的な舎利塔がある。チベットや南方ならインドルートも近いけど、こんなところまで仏教が伝わっていて、且つインドとかの雰囲気を残しているというのはすごいなぁ、と中学生くらいの感想を述べた。あ、でも舎利塔の裏にある天文図は更に歴史の深さとかを感じられてグッとくるやつでした。

舎利塔の前で翌日のバスツアーについてCtripとかに色々電話して確認。電話越しの中国語って難しいね。

65元分雰囲気を満喫したということで、当該寺を後にし、別の寺に行こうかどうしようか迷っていたところ、雰囲気を察知したのかタクシーが停まりおったので、乗ることにした。この運ちゃん、途中でおねーちゃんを拾い、拼車してくるではないか。小遣い稼ぎか。確かに初乗り8元は安すぎるが、こちとら正直拼車は嫌いなので、おねーちゃんを下してから別の場所でさらに乗せようとしたときは少しおキレ遊ばしてしまった。一人旅ならこういうよくわからない人たちとの交流を楽しむこともあるのだろうが、何せ、彼らは普通語を話していない。方言、というかもはや別言語である。頑張れば時々聞き取れるが、正直話すネタもないし、どうせそのうち降りるだろうと死んだふりをすることにした。中国はタクシーで死んだふりをしなければなりません。

タクシーに20元くらい払って博物館にやってきた。内蒙古博物院である。なんか無料らしい(無料だけどチケットをもらう必要がある、というなんともよくわからないお話)。中身はね、うん、まぁ、その、弊の地元にある県立博物館くらいのレベルだよね。だって、モンゴルの生活とか、いろいろ展示があるけど、こないだ作られたばっかりのフィギュアとかモンゴルバオの模型とか見せられても。。。しかも1F~3Fまであり、かなり広い。中国の宇宙船とかマンセーされてる展示とかもありますが、基本的に10~13歳向けの内容かと。

休憩スペースで休んだ後、ホテルへ。YHAチャイナで探した寶悦国際ユースホステルへ。今回のタクシー運転手(おばちゃん)は少しまともそうな人。どうやら寶悦酒店というのは相応に豪華なホテルのようです。受付のおねーちゃんも胸元空いたところ以外は普通のホテルウーマンの格好してて、併設型のユースホステルのようです。胸元タマンネ。部屋は4人部屋60元。どうやら他にも人はいるようだが、外出している模様。しかし、このユースホステル、結構きれいではないか・・・!陽朔とかでとまった民宿よりずっと綺麗ではないか・・・!

疲れた体をベットに横たえて、本日のナイトライフについて思考する。

(続く)

 

をとこもすなる日記というものを遣唐使もしてみむとしてするなり

2015年4月より上海に遣唐使としてきている筆者(文中では弊もしくは筆者)が中国各地を旅した記録を徒然と書いていこうと思います。

 

かれこれ10都市くらい周っている気がしますが、感覚的にはどこが良かったとかはあっても、具体的にどんな行程でどんな感想だったかとかは全然記録に残しておらず(家計簿にはつけてある)、せっかくなのでつけておこうかと思った次第。

 

どの程度の内容になるかわからんが、今後の旅行者が本記事を見て多少なりとも役立ててもらえればさらに幸いです。

 

/筆者